久間は稽古場で、新作コメディ「MUKAIYAMA ザ・トラブル増すターズ」について熱く語っていた。
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再演より 「宍倉:松本陽一、肇:富沢謙二」 |
「一癖も二癖もある探偵社の面々。所長がいて、エージェント気取りの変な調査員がいて、美人秘書がいて、そうだな不二子ちゃんみたいな感じ。で、新人調査員が最初に受けた依頼主っていうのが、金持ちの家族でね、その家族を中心に物語は…」
メンバー達は期待に胸を膨らませながら聞き入った。
「最終的には10人くらいだな、登場人物は」
久間は稽古場を見渡した。
「10人くらいなんだけど…」
メンバー達も顔を見合わせた。
「10人はほしいなあ…」
明らかにトーンダウンした。
1997年、11月。メンバーは3人にまで落ち込んでいた。
「じゃあ9人にしよう…」
ちょっとだけ妥協した。
一週間後、細々と稽古を始めたメンバー達の前に、入団希望の見学者が現れた。久間は救世主を見る思いで彼女を手厚く出迎えた。
宇田川美樹だった。
「いやあ、何としても入団してもらわないとってことで、あることないこといろいろ喋ったね。君には才能があるとか、目が素敵だとか」
宇田川は当時をこう語る。
「他にもまだメンバーがいるからとしきりに言ってましたね。看板役者でもの凄い二枚目がいるとか、映画を作りながら役者もやってる才能を持った奴がいるとか。とりあえずその人たちに会いたいって思うじゃないですか」
後日、看板役者でもの凄い二枚目と噂された富沢謙二が稽古に合流した。その晩の歓迎会で富沢はすぐさま真っ裸になった。露出癖だった。
後日、映画を作りながら役者もやっていると噂された松本陽一が稽古に合流した。徹夜明けのくぼんだ目、寝癖と無精ひげの境目がなく、太陽を浴びてないような青白い顔をしていた。そしてすぐ寝た。
2000年の再演では、名賀谷純子が6Cデビューを果たしている。
名賀谷からの入団希望のメールを受け取った松本はこう語る。
「熱心な長文でしたね。芝居に賭ける情熱とかが伝わってきて、しっかりした人がいらっしゃるんだなあって思いました」
その後も名賀谷からのメールは続いた。自身のプロフィール、観劇した芝居の感想、酒の席の失敗談、庭の花が枯れた、今日のポエム…。
「新手のウイルスかと思いました」
本番まであと50日。以前6番シードの舞台に客演していた須貝道信らを加え、稽古は佳境にさしかかっていた。
「最終的には俺が老けメイクすればいいことだし…」
久間は自身の出演も視野に入れて稽古を進めていた。作品のキーマンとなる老人、鍋島恒吉役が空白のままだった。まだ足りなかった。
「知り合いの知り合いの知り合いに、いい役者さんがいますよ」
役者の一人が言った。
「どんな人だ」
「その時見た舞台では老人役をやってました。でもほとんど話したことないし…」
「とりあえずお呼びしろ」
後に、須貝と同じく6C作品に何作か出演することとなる、平田瑞希だった。
目黒区○○区民館。
その日借りた部屋は、5畳の和室だった。
「何としても彼に出演してもらわなくては」
部屋のあまりの狭さに、稽古風景を見せることも出来ない。
久間は焦った。
「平田さんが到着しました」
「よしっ、誠意だけでも見せるんだ。一同配置につけっ」
平田は襖を開けた。そして固まった。
「ようこそいらっしゃいました」
メンバー一同が三つ指をついて出迎えていた。
「旅館ですか、ここは」
平田は戸惑った。
「番頭の久間でございます」
軽いジョークが、虚しく部屋にこだました。
1998年、6月。江古田ストアハウス。二週間前に初めて、フルキャスト10人での通し稽古を終え、稽古初日からのべ8ヶ月間の時間を経て、「MUKAIYAMA ザ・トラブル増すターズ」の初日の幕が開いた。
稽古中、宇田川美樹はほとんどの代役をこなし、結果的に台本一冊丸暗記するまでになった。
「台詞が沢山読める劇団に入りたい」
彼女の願いは、ある意味叶えられた。
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